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杓永整形外科(岡山県倉敷市)

『始まりの場所』での開業・・・そのエピソード

院長の杓永俊彦先生

「俊彦という名は私を取り上げてくれた産婦人科の先生の名前からいただきました。とても立派で尊敬できる人だったので、母が同じ名前をつけてくれました。母はずっと私が医者になるよう願っていたようです。ところが、小学校4年の時に、将来の夢は総理大臣になりたいと作文に書いたくらい、私はずっと政治家になりたいと思っていました。政治家を目指すつもりで、高校は岡山の進学校へ入学しましたが、進路選択の時に先生から『お母さんは君が政治家になることよりも医師になることを望んでいる』と聞かされました。悩みましたが、3年生になった時に親の願う通り医師になることを決心しました」杓永先生は、今でもご自分は医師には向いていないのではと思うことがあると仰います。「ただ、世の中の役に立てるということにおいては、政治家も医師も同じと思っています」

この場所でのクリニック開業には、杓永先生の運命的なエピソードがあります。「この場所は野原でした。医大受験前に母とここを歩きながら『自分は医者になれるのだろうか?』と聞いた時、『大丈夫、頑張りなさい』と母が励ましてくれました。国家試験の合格発表を見て『医者になれた』と電話した時には、何故かここを二人で歩いていた光景が突然頭に蘇りました。実はクリニックは前の場所(現在はデイサービスセンター)から運命に導かれるようここの場所に移ってきました。この場所は私にとって始まりの場所。母と自分の将来を決め、医師になろうと、世の中の役にたとうと決めた場所。ここに移るつもりではなかったのが、最終的には土地を売ってもらえました。ある意味ここは運命の場所です」

初めに開業した施設は、現在デイサービスセンターになっています   

『医師になることを決心した場所』で営まれている現在の杓永整形外科 

地域に渇望されて開業した施設

光が沢山取り入れられ、壁の煉瓦模様が暖炉のような暖かさを醸し出している、明るく温かみのある待合室。 患者さんが、希望をもって治療を受けられるようなデザインで設計されました。

「私はこの街で生まれ育ちました。開業したのは2003年6月ですが、それ以前の10年は勤務医でした。帰省のたびに、知り合いの方達から将来開業するようなことがあれば、地元の児島でして欲しいと言われていました。ここには掛かり付け医として親身に相談に乗ってくれる開業医が少なく、地域の方は倉敷や水島地区まで通っていました。私は、勤務医として先輩から指導していただいたことを、まだ後輩に十分伝えきれていないこともあったし、お世話になった大学にまだ十分恩返しも出来ていなかったので、始めは断っていました。ただ現実、夕方以降大怪我にあっても救急車に乗って倉敷や玉野市まで行かなければならないという声を聞くにつけ、生まれ育ったこの街で開業しようと決心しました」
生まれ育った地域で開業されるまでのお話をお聞かせくださいました。

「開業初日来患は32人でした。レントゲンは自分で撮り、リハビリでも電気治療器を自分で操作しました。看護師は2名いましたが準備の時間が全く無く、思ったことの十分の一もできませんでした。次の日患者さんは25人に減りました。初診日に長い時間待たされ、不満足な方は次の日は来てくれません。顕著に現れます」
始め6名だったスタッフは、現在デイサービスを含め40名を超え、来患数は300名以上になりました。開業から12年、スタッフにも患者さんにも真剣で誠実、熱意を持って臨まれた結果が現在に至っています。

信条は医療に対してまじめに一生懸命

杓永先生と、先生にとって宝であり家族であるスタッフのみなさん

「開業の時に、勤務医時代の組織の有難味を感じました。当たり前のように膝に注射したり、レントゲンを撮ったり出来ていたのは、パラメディカルスタッフの支援があったからだったのです。だからこのスタッフと一緒に、患者さんに満足していただける病院を作らなくてはいけないと思いました。最初は自分が全て指示をしていましたが、今はスタッフが自分達で意見を出し合ってどんどん進めてくれます。リハビリ、看護、事務の各々がリーダーを置いてやっています。私がスタッフに意見を聞くことの方が多く、それを聞いていれば間違えがありません。スタッフが自分の宝であり、家族です」
この12年間、ここから結婚のために巣立って行かれたスタッフが何人もいらっしゃるそうです。送る側も送られる側も、家族に対するように涙で別れを惜しんだとのことです。

「300人近い患者さんを診ていくことは、毎日が戦場のような状態です。一つ一つの行程についてスタッフが意見を言ってくれます。自分達の病院を自分達で守ろうと自覚してくれています。ここは交通手段が悪く、電車は無く、1時間に数本のバスしかありません。それでも患者さんは自分が健康でありたいという意思でバスを乗り継いで来られます。身近な人に元気でいて欲しいと、ご家族も送迎されています。だからスタッフも頑張っています。私は看板を一切出していないのですが、他の市から1時間かけて来られる方も沢山いらっしゃり、他県から来られる方もおられます。運動療法という私達のやり方に賛同してくれる患者さんに精一杯対応する、私自身がまじめに一生懸命やっていると、スタッフも自然にそういう人ばかりになります。医療に対して『まじめに一生懸命』が私の信条です」

患者さんと共に汗をかき、自分の手で行なう治療

運動療法機器、物理療法機器、マッサージ用ベッドが揃っている広いリハビリ室 

スポーツドクターでもある杓永先生は、小学3年から大学まで野球をされていました。「自分がスポーツをしないと選手のことは理解できません。肩や肘が痛い患者さんには、患部を触る前にフォームを見ます。すると関節が壊れるフォームで投げている場合が多く、原因として股関節が硬かったり、肩甲骨の動きが悪いなど様々な要因が考えられます。スポーツは根性だけでなく、科学的な分析も必要です。評判を聞いて玉野市のスポーツ少年団の子供達も来てくれています。私は科学的なアプローチで子供達に接します。ストレッチや関節の受動を十分に行い、故障しないフォームを作っています」いつかご自分が教えた子供達が岡山代表で甲子園に行ってくれることを願っているそうです。

児島は繊維の街、また自動車部品産業も盛んな地域です。「腰、肩が痛い方が多く、アイロンなどの特徴的な動きをされる仕事の方が多いため、根本的な改善をしなくてはなりません。症状を改善させるためには、理学療法士による運動療法が重要です。その中で物理療法機器は運動療法を併用することで効果を上げています。組み合わせることによって二重三重の相乗効果があります。特に干渉波はとても良いです。ウォーターベッドは、心を落ち着かせる効果があります。」診療理念は、速やかに疼痛を取りたい。早期の疼痛を取ることにより、速やかに運動療法を行なうことができ、再発の予防につなげていきたい。薬や注射だけではなく、患者さんと共に汗をかき、自分の手で患者さんの治療をしたいということだとお話くださいました。

また弊社機器の導入については「器械を買うのは車や家を買うのと同じです。営業マンの人柄は大きい。御社担当者を信用しています。必要と思うものを勧めてくれ、勧めてくれたものは良いと思っています。何かあっても迅速に対応してくれます」

日本メディックス導入製品

●空圧マッサージ『ドクターメドマーEX』
●下肢機能運動器『クワドリセップチェア』
●水圧式マッサージベッド『アクアラグーン』
●牽引器『エルケイヌⅤ』
●有酸素系トレーニング器『メディカルエルゴサイザー』
●エルゴメータ『インテリジェントエルゴサイザー』
●干渉波治療器『セダンテラディア5302』
●干渉波治療器『セダンテクリオス』
●中周波多目的治療器『クリオスアンフィニ』
●SSP療法器『トリミックス リノス5502』
●SSP療法器『グラナス』


医療法人 杓永整形外科

〒711-0936
岡山県倉敷市児島柳田町596
TEL 086-473-0200 

「高齢者を一人でも寝たきりにしないために、将来は総合リハビリセンターを作り、介護度に合わせたリハビリや支援度に合わせた予防を行いたい。温水プールを作り、利用者の管理をしながら運動をさせてあげたい。魅力のある施設であり続けることで、この街で生まれた子供達が最終的にまたこの街に帰って来て、社会に貢献したいと思うようになってもらいたい」                    院長 杓永俊彦

(左)香川県と岡山県を結ぶ瀬戸大橋
(右)日本デニム発祥の地 「ジーンズストリート」

児島は瀬戸内海に面した岡山県最南端(島嶼部を除く)の児島半島西部に位置する面積約80km²、人口約7万5千人の地域です。明治から昭和前期にかけては、既に地域の主要産業となっていた製塩業とともに、江戸時代に既に集積が見られた織物・縫製業が近代化の中でさらに高度化されました。大正時代には足袋の生産が全国一になりましたが、洋装化の流れの中で学生服へ品目を変え、その学生服でも1960年頃には全国シェア約70%に達するほど成長しました。さらに、その頃に日本で始めてジーンズの生産も手がけるようになり、現在では完成品メーカーの他に100社あまりの関連産業が集積するまでになっています。また近年では、オーダーメードのプレミアムジーンズのメーカーが拠点を構えていることでも知られています。 観光面では瀬戸内海国立公園の主要景勝地の一つになっていて1988年に完成した瀬戸大橋の本州側の起点にもなっています。

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国際規格ISO13485

株式会社日本メディックスは本社、柏工場にて品質システムの国際規格ISO13485を取得しています。